かいごBlogBlog

2025年07月18日

【あすは】祇園祭 ~菊水鉾~

みなさん、こんにちは・・・あすはのブログ担当 スナギツネでございます・・・

さぁ、今年もやってきました、よつば会のお中元LINEクーポンの季節・・・

介護主任から、

「スナギツネさん、クーポン始まってますよ!引いて下さい!もちろん、今回もちゃんと外すんですよね・・・」

との事でした・・・

私としては、今年でよつば会 勤続10年を超え、ここまで理事長からクーポンを外されてきた身としてはさすがにそろそろ

当選させてくれると信じてクーポンを引きました・・・

結果・・・

今回も、このザマです・・・

涙で前が見えません・・・

そして腹立たしくも事務員Kさんは、2回目の当選との事で・・・

このザマです・・・

許さない・・・

なんかしらの報復をしておきますw

 

という訳で7/17・・・京都では祇園祭の山鉾巡行が行われたようです・・・

私は、あまり詳しくありません私の前にいるケアマネのキッシーさんに聞くと「疫病を払う・・・くぁwせdrftgyふじこlp;p・・・ネットで調べてください」との事でした・・・

という訳で

 

『疫病の流行により朝廷は863年貞観5年)、神泉苑で初の御霊会ごりょうえを行った。御霊会は疫神や死者の怨霊などを鎮めなだめるために行う祭で[1]、疫病も恨みを現世に残したまま亡くなった人々の怨霊の祟りであると考えられていた[2]。しかし、その後も疫病の流行が続いたために牛頭天王を祀り、御霊会を行って無病息災を祈念した。

864年(貞観6年)から富士山の大噴火が起こって溶岩が大規模に流出して山麓に達し、869年(貞観11年)には陸奥で貞観地震が起こり、津波によって多数の犠牲者が出るなど、全国的に地殻変動が続き、社会不安が深刻化する中、全国のの数を表す66本のを卜部日良麿が立て、その矛に諸国の悪霊を移し宿らせることで諸国の穢れを祓い、神輿3基を送り薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り御霊会を執り行った。この869年(貞観11年)の御霊会が祇園祭の起源とされており、2019年令和元年)には祭の1150周年を祝うほど、長い歴史を持っている。

コンチキチンの意味までは調べず・・・』  ≪スナギツネ調べ≫

 

あすはでも、お祭りに参加気分で、皆さんで撮影を行いました・・・

お祭りの雰囲気ってなんかいいですよね・・・

 

 

今日も最後まで読んで頂きありがとうございました・・・

次回のブログもお楽しみに・・・

 

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